家族を介護する日々の苦しみや哀しみ、喜びを五・七・五・七・七の言葉に託した「介護短歌」。自分の目で見、耳で聞き、肌で感じたことを素材にし、思いついたことを素直に表現した「介護短歌」は、NHKテレビや雑誌等で大きな反響を呼んでいます。
ここでは毎月一回、自らも介護の経験を持ち、介護短歌の火付け役となった安森敏隆さんがみなさんから投稿された「介護短歌」を紹介し、全国の介護家族の心を結びます。
[2006年7月の介護短歌]
安森敏隆です。
短歌のリアリズムは、単に見たり聞いたりするリアリズムではなく、魂が乗り移るリアリズムでもある。介護短歌の魅力と本質は、介護「する者」と「される者」の「いのち」の根源と「魂」の根源を捉え、アマルガム(あわせる)させてうたうところにある。
【七月の優秀作品】
子の吾が手出しかねてる下の世話神の手のごと若き看護師
(評 介護の一番の苦労は、「下の世話」であろう。下の句の「神の手のごと若き看護師」は、そのことを見事に歌い込んでいる。)
車椅子のローアングルで見るバラはいまが盛りや母のため息
(評 介護も子育ても、「アングル」(見る視点)がまことに大切である。車椅子に乗っている「母」の視点になって詠った歌)
ゆるめればわがまま出でて締めやれば他人行儀にむつかしきかな病人との距離
(評 「病人との距離」の難しさを言い当てている。これは、あらゆる人間関係にも当てはまりそうな普遍性を持っている。)
《その他優秀作品》
吹雪あり花あり青葉の帰省あり奥羽本線介護の旅路
退院の車列をつつむ楠若葉いのちあるとは生きることとは
看護とはいつでもどこでもなにごとも頭の下がる生得のチカラ
大安と梅雨の晴れ間の重なる日母の入れ歯をあつらえに行く
ひさびさのうま酒に酔い失禁し露に濡れたとかか笑う老
外は雨ほの香りたつカモミール一椀を挙げ母とたのしむ
リクエストの花は「墨田の花火」なり火の国肥後の母でありしに
都落ち何をためらうことやある余命少なき御母のために
なにごとも規則どおりの父でした私を待って直後に逝って
老父逝き不可解なるは新刊の「タヒチ案内」書斎にぽつり
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介護短歌の選評をされている安森教授の紹介は
⇒ 安森教授プロフィール
