家族を介護する日々の苦しみや哀しみ、喜びを五・七・五・七・七の言葉に託した「介護短歌」。自分の目で見、耳で聞き、肌で感じたことを素材にし、思いついたことを素直に表現した「介護短歌」は、NHKテレビや雑誌等で大きな反響を呼んでいます。
ここでは毎月一回、自らも介護の経験を持ち、介護短歌の火付け役となった安森敏隆さんがみなさんから投稿された「介護短歌」を紹介し、全国の介護家族の心を結びます。
[2006年5月の介護短歌]
安森敏隆です。
皐月となりました。4月29日(土)、京都城南宮の「曲水の宴」に出てきました。「曲水の宴」は、雅(みやび)な歌と思われていますが、もともとは、病気や人々の心を癒すために、うたわれた儀式です。今回の題目は「三月三日(やよひみか)」でした。私は、介護の<いのち>を思いながら、こんな歌を披講しました。「さみどりの日ざしの中をふうはりと弥生三日の風癒しゆく」(敏隆)
【五月の優秀作品】
かあさんを寝かせてわたしは小半時桜にあいに石段駆ける
(評 介護している「かあさん」を寝かせた、そのちょっとの間をぬって「桜」を見にいったという。これこそ介護を続けていく骨法であろう。良い歌である。)
咲いて七日満ちて七日の二週間介護忘れて花にときめく
(評 介護の御苦労が偲ばれる。一年の中の、この二週間の「桜」の開花と満開が、古来から人々を如何に癒してきたかを思わせる。)
病室に今日の朝日が差し込みぬ闘う父のおだやかな顔
(評 一首のなかで、「今日の朝日」と「おだやかな顔」がうまく呼応して、ヴィヴィッド(生き生きとした様)に「父」の生き方が詠いこまれている。)
《その他優秀作品》
病床の母とやさしく桜談義上野から来た薬売る人
手のひらに桜を三枚しのばせて「な〜んだ?これ」とう新人看護師
花散らす糸引き雨の夕間暮れ亡父(ちち)の一生憶(おも)いておりぬ
蕗ミソと独活のテンプラ差し入れる個室の中に春の華やぎ
なすこともなき付き添いの長々を日本全図で出湯の旅路
病む母の介護を五年し続けてひろ子は母の後を追いしか
一瞬に記憶と視野を失いし義父は六十路の健康体なるに
ショールぬぎ壁に掛けけりこの部屋に夫没後の日々が始まる
電話来て酒の配達に勇み出る介護逃れの嫁にはあらぬが
バック
ナンバー
介護短歌投稿へはこちらからお入りください
介護短歌の選評をされている安森教授の紹介は
⇒ 安森教授プロフィール
