家族を介護する日々の苦しみや哀しみ、喜びを五・七・五・七・七の言葉に託した「介護短歌」。自分の目で見、耳で聞き、肌で感じたことを素材にし、思いついたことを素直に表現した「介護短歌」は、NHKテレビや雑誌等で大きな反響を呼んでいます。
ここでは毎月一回、自らも介護の経験を持ち、介護短歌の火付け役となった安森敏隆さんがみなさんから投稿された「介護短歌」を紹介し、全国の介護家族の心を結びます。
[2005年11月の介護短歌]
安森敏隆です。
秋の雲を見ていたら、いっぱい歌が出来ました。エンジェルの歌や、亡母の歌や、鳩の歌や、キリンの歌や、猿の歌や・・・・いっぱい、いっぱいです。雲のなかで、八年間介護した母は、笑っていました。そして、いろいろなものに、変形して、いっぱいの「歌」を贈ってくれたのだと、思いました。
【十一月の優秀作品】
茜さす薄が原に来てみれば車椅子ごと父は弾めり
(評 車椅子の父の喜ばれている様子が、下の句の「車椅子ごと父は弾めり」に、見事によみ込まれている。)
この道は母の椅子押し通る道ああ二年目の鶏頭燃える
(評 「ああ二年目」に、車椅子を押す作者の深い思いが読みとれる。「鶏頭燃える」に、尊い「いのち」の灯火が見える。)
さしのべる手の数多き我が母の恵まれし日々まるで幼児
(評 まるで幼子のようになってしまった母に、あちらこちらから、差しのべられるいっぱいの助けの「手」が、目に見えるようである。)
《その他優秀作品》
枕辺にひそと置かれし便器あり気丈な母も予感をしたか
枝豆をはじく手指のふしくれは母子二代とひさびさ笑う
介護士としてこつこつ貯めた二週間あとは野となれゴビの旅ゆく
苅り終えて一家総出の芋煮会鍋の指揮とる婆ちゃんの声
みちのくの秘湯の露天に母とふたりキノコ尽くしの夕餉の前に
一筋の光求めて看護する何も湧き出ぬこのむなしさよ
秋の陽のきらめき浴びて唐松は祈るがごとく千の葉こぼす
明日はまた胸ふたがれる日となるも今このときの小春の野菊
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