介護短歌〜安森敏隆が選ぶ今月の佳作〜

家族を介護する日々の苦しみや哀しみ、喜びを五・七・五・七・七の言葉に託した「介護短歌」。自分の目で見、耳で聞き、肌で感じたことを素材にし、思いついたことを素直に表現した「介護短歌」は、NHKテレビや雑誌等で大きな反響を呼んでいます。
ここでは毎月一回、自らも介護の経験を持ち、介護短歌の火付け役となった安森敏隆さんがみなさんから投稿された「介護短歌」を紹介し、全国の介護家族の心を結びます。

[2007年3月の介護短歌]

安森敏隆です。
弥生三月、京都の町のあちこちに梅の花が咲いて、桜の蕾もふくらみはじめました。歌人の道浦母都子さんは「さまざまの立場から、自分が向き合っている現実をポツリと、こぼす言葉。そこから生まれた五・七・五・七・七の短歌。それが介護短歌だ」と言われている。介護の「いのち」の言葉の現場を、みごとにコメントされていて参考になる。

≪3月の秀歌≫

母の無き籐椅子見ている寒さかな二年の介護尽くし足らざり
花村紫苑
(評 介護が終わっても「介護短歌」はますます続き、心の中に、そして社会に還元されていくものである。その見本のような良い歌が出来ている。)
嫁ほめて娘をくさすいつもの手生きる術なら赦そかかあさん
谷冨友美
(評 誠にそうである。「嫁ほめて娘をくさすいつもの手」とは、まさに介護をしていくうえでの極意の言葉でもある。)
六時半母は眠りの夜に入るそれからわたしはワインと旅の書
桑原洋子
(評 介護の日々とは、まさに朝の「六時半母は眠りの夜に入る」と言った生活を抱え込むことでもあるだろう。下の句の明るさが、何とも良い。)

≪その他、今月の秀歌≫

イナバウアー散歩の途次にせしという白川静(せんせい)享年九十六歳
山広静明
横たわる母の背中の小ささよわが図体の無駄を哀しむ
玉上之夫
夫の母の退院よろこぶいとまなくわが母骨折入院となる
山本多美子
徘徊の母あり早期退職す元福祉課長の実践始まる
阿部真也
祈りこめバレンタインに捧げたるチョコはむなしく父の枕辺
田中香織
あふれ出る母の言葉に驚きぬ息子の知らない九十年史
本間耕作
「いちご狩り」の広告が早もバスに出て去年の春は母と行ったに
稲垣康男

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介護短歌の選評をされている安森教授の紹介は
安森教授プロフィール